7. 胎児治療の現状と今後
大阪府立母子保健総合医療センター 小児外科 窪田昭男
(日本胎児治療学会前会長) |
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わが国は、超音波検査を中心とした出生前診断の技術・普及率においても新生児医療のレベルにおいても世界のトップクラスにあり、周産期死亡率は世界で最も低い。しかしながら胎児を患者とみる認識や胎児治療に対する医学的、社会的認識が低いために適切な胎児治療によって救命され、あるいは後遺症をなくすことができる多くの胎児が失われている。胎児も患者としての人格と治療を受ける権利が認められるべきだとの認識から、1984年にFetus as a Patient国際学会が設立され、わが国でも1987年および1993年に同学会が開催され、『The Fetus as a Patient'93宣言』が採択された。しかし、わが国での胎児治療は限られた施設で散発的に行われてきたに過ぎない。2004年、福岡で同学会が開かれ、『The Fetus as a Patient2004福岡宣言』が宣言されたのを機に2003年に日本胎児治療学会が設立され、わが国でも胎児治療の気運が高まった。2004年福岡宣言の特徴は胎児も出生後の患者と同様の人格と権利を有することと同時に母親の人権と治療選択の権利を尊重することが謳われていることである。日本胎児治療学会は初回から第3回までは産科医が、第4回は麻酔科医、第5回は小児外科医そして第6回(2008年)は新生児科医が主催した。参加人数は第5回では189名に達した。
胎児治療の大きな特徴は全てが母体を通じて行われること、法的・医療保険制度的に胎児は患者として認められていないことおよび全ての危険と合併症、その結果生じる負担は母親が負わなければならないこと、そして必然的に決定権が母親に属することである。従って、胎児治療の適応は胎児が受ける利益・有効性と不利益・侵襲との差に母親が受ける不利益・侵襲と長期間続くかも知れない負担とのバランスによって決定される。この決定には過去の経験あるいは文献的な報告に基づいて各治療法の有効性をランク付けることが重要であり、試みられている。例えば臨床研究から有効と判断されている外科的治療法は「臨床的に有用」群とされ、TTTS・無心体に対する胎児鏡下レーザー凝固術、胎児胸水に対する胸腔・羊水腔シャントが含まれ、有用性は期待されるが、臨床研究で証明されていない「有用性が期待される」群には横隔膜ヘルニアに対する胎児鏡下気管閉塞術(PLUG)、尿道閉塞に対する膀胱・羊水腔シャントが含まれ、有効例と無効例の報告がある「有効性が不明」群には脊髄髄膜瘤や仙尾部奇形腫が含まれている。もう一つ、胎児治療の適応を決める上で決定的に重要なことは正確な胎児診断である。特に重症疾患、稀な疾患、長期予後不明な疾患においては、不正確な胎児診断は不必要な人工中絶をもたらしたり、逆に生涯に亘る重篤な後遺症をもたらしたりし得る。あらゆる医療分野の中で最も正確な画像診断が要求される領域の一つと言っても過言ではない。
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